最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。 唯一生き残るのは、 変化できる者である
– ダーウィン
「変化できる者のみが生き残る」——ダーウィンのこの言葉は、DXが不可欠な現代において、企業の持続的な成長の核心を突いています。しかし、前回の記事DX成功率14%の壁を突破せよ!でもお伝えしたように、多くの企業がDX変革の壁に直面し、その成功率は依然として低いのが現状です。
その壁を打ち破り、DXを成功に導くために不可欠なのが「チェンジマネジメント」という考え方です。DXにおけるチェンジマネジメントとは、DXに伴う業務や働き方の変化を人と組織が前向きに受け入れ、適応できるよう支援する取り組みです。データが示すように、チェンジマネジメントをしっかりと実行することで、DXの成功率は着実に高まります。
今日はそのDXの成功率を上げる実践的なチェンジマネジメントモデルをご紹介します。

なぜ新たなモデルが必要なのか?
これまで紹介してきた代表的なチェンジマネジメント・フレームワーク(Kotter、ADKARなど)は、理論的には優れているものの、実際のDX現場で使いこなすには難しさがあります。(そもそも多くの理論が存在しても変革の成功率が上がらない背景には、「実践への落とし込み」が難しい点があると推察しています。)
そこで、長年のコンサルティング経験とChange Management資格を持つ著者が、DXの現場で本当に使える実践的な「DX Change Lab 7ステップモデル」を開発しました。この記事を読めば、あなたのDX推進の悩みを解決し、変革を成功へと導く具体的な道筋が見えてくるはずです。
さあ、『DX Change Lab7ステップモデル』をご紹介する前に、まず重要な前提を触れておきたいと思います。
【前提】DX推進には「プロジェクトマネジメント」と「チェンジマネジメント」の両輪が不可欠
DXを成功に導くためには、
- 何を作るか、どう実現するかを管理するプロジェクトマネジメント
- 人と組織の行動変容を促すチェンジマネジメント
この2つの視点が不可欠です。
例えばDXプロジェクトでは、
- プロジェクトマネージャーが、システム開発や導入計画を立案
- チェンジマネジメント担当者が、組織の巻き込みや行動変容の「ジャーニー」を設計
それぞれが異なる専門性を担っています。

時折、現場では「チェンジマネジメント担当を入れれば何でも解決してくれる」という期待を持たれることもありますが、プロジェクト計画なしにチェンジマネジメントは成り立たない点に注意が必要です。
(例えば、システムリリース時期が不明なままでは、周知や研修計画も立てられません。)
DX推進の失敗は「人」の問題だけでなく、プロジェクトマネジメントの未整備にも原因があることを認識しておきましょう。
【本題】DX Change Lab 7ステップモデルとは?
ここからは、実践で使いやすいことを重視した「DX変革支援7ステップモデル」を紹介します。
7ステップモデルの全体像
ステップ | 概要 |
---|---|
1. 変革支援戦略の策定 | 変革のビジョン、計画、影響範囲、リスクを整理し、支援重点領域を特定 |
2. スポンサーとリーダー陣を動かす | 「エンジンを点火する」 スポンサー(経営陣)が役割を理解し、ビジョンに対するリーダー陣の共通認識を形成 |
3. ステークホルダーの巻き込み | 「オールメンバーで航海へ」 組織各層を巻き込み、変革にコミットできる推進体制を構築 |
4. 変革影響のアセスメント | 「航海の安全確認」 業務や働き方への影響を特定し、適応支援策を設計 |
5. コミュニケーション | 「羅針盤と海図を共有」 変革意義を伝え、対話を通じて理解と共感を深める |
6. リスキリング | 「航海に必要なスキル習得」 新しい働き方への適応に向けた研修・スキルアップ施策を実施 |
7. 変革レディネスの測定 | 「航海の現在地と進むべき方向を確認」 支援施策の効果測定と改善 |
モデル設計の背景にある考え方
人と組織の変革を支援する際には、個人と組織の両方の視点を持つことが重要です。なぜなら、組織は個人の集まりであり、変革もまず個人から始まるからです。
- 個人の変革は、一連の過程を経て変化を受け入れ、新しい働き方へ適応していく旅路に例えられます。これを「変革のジャーニー」と呼びます。
- 一方、組織にはさまざまな階層や部署が存在し、それぞれの立場にいる個人がそれぞれの変革のジャーニーを歩みます。
そのため、組織全体で変革を進めるには、体系的に、かつ段階的に個人を巻き込んでいくアプローチが必要です。

たとえば、大まかに「リーダー層」「管理層」「一般従業員」といったグループに分け、それぞれに合った支援を行っていきます。今回ご紹介する「7ステップ」は、こうした体系的な巻き込みを意識したアプローチです。基本的にはトップダウン型を想定しています。理由は、特にDXの推進においては、経営層の強いコミットメントと主導が不可欠だと考えているからです。

7ステップと「計画・実行・改善」サイクルの関係
DX Change Lab 7ステップモデルは、単に手順を並べただけではありません。
「計画 → 実行 → 改善」というサイクルを自然に回していける設計になっています。
計画(Plan)
- ステップ1~2では、経営層を含めたリーダー陣を対象に、組織変革のゴール(ビジョン)を定めます。
- 同時に、変革支援のリソースをどの領域に重点的に投下するかについて、アラインメント(共通認識)を図ります。
実行(Do)
- ステップ3~6では、組織内の各ステークホルダーを巻き込みながら、変革に伴う影響をアセスメントし、移行支援体制の整備、コミュニケーション施策、リスキリング施策を実行していきます。
改善(Check/Adjust)
- ステップ7では、これまで実施した支援策がどの程度効果を上げているかを測定します。
- ステークホルダーの理解度やスキル定着度、移行アクションの実施状況を確認し、必要に応じて支援戦略や施策を見直します。
この「計画 → 実行 → 改善」の流れは、DXのように正解がひとつでない変革プロジェクトにおいて、柔軟に軌道修正しながら前進するための基本的な型です。
特にDXのように環境変化が激しいプロジェクトでは、「最初に立てた計画通りにすべて進む」ことはむしろ珍しいため、このサイクルを意識して設計・運用することが重要です。
7つのステップに基づく事例解説
JAPAN SAP Users’ Groupで好事例として紹介されているトラスコ中山は、ERPの刷新を機にデジタル化に積極的に取り組んでいます。特に、「MROストッカー」と呼ばれる、顧客の現場に事業在庫を置く新しい形態のサービスが有名です。トラスコ中山はS/4HANAの導入を通じて、チェンジマネジメントを効果的に活用した事例としても知られています。以下に7ステップに沿って解説します。
※著者による独自解釈であり、トラスコ中山の公式なチェンジマネジメント方法論ではありません。
ステップ | 概要 |
---|---|
1. 変革支援戦略の策定 | 基幹システムの刷新を単なるシステム更新に留まらせず、業務改革と顧客サービス向上を目的としたDXプロジェクトとして位置づけました。 |
2. スポンサーとリーダー陣を動かす | 経営陣がデジタル変革の必要性を認識し、プロジェクトを自ら主導した。 |
3. ステークホルダーの巻き込み | – 「どんな会社にしたいか」を全社で徹底的に検討 – S/4HANAの推進体制は営業本部が主導し、情報システム部門がサポート。営業本部長、部長の理解を得て、トップダウンで現場に落としました。現場のリーダーにはエース級の社員を選別。 – さらに、デジタル推進部の従業員を各部署に配属し、各部署に61人のDXオフィサーを設置。 |
4. 変革影響のアセスメント | 業務プロセスの見直しや新システム導入による影響を評価し、入念な準備と工夫がされたと想定されますが、特に詳細な外部情報はありません。 |
5. コミュニケーション | BPRの推進状況を経営トップや経営会議のメンバーに伝える一方で、営業部長との毎月の勉強会を開催。YouTubeを活用し全社に配信するなど、情報の共有と対話を重視しました。 |
6. リスキリング | S/4HANA導入に際して、システムの変化点を理解し活用できるように知識を習得。DX推進において、現場や物流現場での経験を通じて、ビジネスに精通した社員をデジタル戦略本部と他部署に異動させ(ジョブローテーション)、デジタルを活用できる人材を育成しました。 |
7. 変革レディネスの測定 | DXの効果を測るKPIやKGIは公開されていますが、特に人々のマインドセットやスキルの変化に関する測定方法については、外部情報がありません。 |
出所:
DX(デジタルトランスフォーメーション)支援に向け SAP S/4HANA®を活用して トラスコ中山の基幹システムを刷新
DXオフィサーを配置 (トラスコ中山、「SAP S/4HANA」でサプライチェーン全体を効率化–AIが自動見積もり)
トラスコ中山 デジタル
Japan SAP Users’ Group
この事例から学べる教訓として、トップのコミットメント、全社的な巻き込み、そして丁寧なコミュニケーションが成功の鍵と言えるでしょう。
まとめ
DX推進は、最新テクノロジーの導入だけでは決して成功しません。「人と組織の変革」という土台があってこそ、その真価を発揮します。
今回ご紹介したDX Change Lab 7ステップモデルは、まさにその変革を実践レベルで支援するために開発されました。すべてのプロジェクトがこの7ステップを完全に網羅する必要はありません。重要なのは、自社の変革の規模や特性に合わせて、このフレームワークを柔軟に活用し、注力すべきステップを見極めることです。
また、中小企業においては、7ステップを全て完璧に実施することが難しい場合もあります。重要なのは、自社の状況に合わせて優先順位をつけ、スモールスタートで良いので、まずはできることから始めることです。例えば、まずは経営層とのビジョンの共有から着手し、徐々に現場へのコミュニケーションを開始するなど、段階的なアプローチも有効です。
さあ、変革の羅針盤を手にして、次の一歩を踏み出しましょう。
次回の記事では、この7ステップモデルの各ステップをさらに深掘りし、詳しく解説していきます。どうぞご期待ください!
皆さんの変革への挑戦を、心より応援しています。
著者: Hiro|DX Change Lab
元人事・経営コンサルタント。現在は事業会社でチェンジマネジメントを担当し、DX推進を支援。現場目線で、DXの壁をシンプルに乗り越える実践ノウハウを発信しています。
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