DX推進におけるコミュニケーションで、こんな課題を感じていませんか?
- 「DXのビジョンや目標は抽象的で、自分たちの業務にどう影響するのか、具体的にイメージできない」
- 「変革に関する情報が多すぎて、何が重要なのか、どう理解すれば良いのか混乱してしまう」
- 「一方的な説明ばかりで、現場の疑問や意見を伝える機会がなく、納得感を持って取り組めない」
もし、これらの課題に一つでも共感されたなら、今回の記事はきっとあなたのDX推進の頼れる手引きとなるでしょう。
~DX Change Lab 7ステップモデル解説シリーズ(5)~
変革を成功させるコミュニケーションは、一方通行の情報伝達ではなく、相手の立場を深く理解し、ニーズに合わせた情報設計から始まります。今回は、DX推進における「コミュニケーション」に焦点を当て、その戦略と実践を解説します。ステップ2~4で築いた土台の上に、いかにして相手に響くコミュニケーションの架け橋を築くのか──具体的な方法と重要なポイントをご紹介します。
なぜコミュニケーションが重要なのか?
コミュニケーションは、変革プロジェクトの成否を決定づける極めて重要な要素です。その目的は四つ:
- 組織のベクトル合わせ: リーダーからの重要なメッセージを組織全体に明確に浸透させ、変革の方向性を共有し、一体感を醸成すること。
- 個人の変革エンジン点火: 各ステークホルダーにとって、DX推進がもたらす具体的なメリットを理解してもらうこと(What’s In It For Me)。これにより、変革への主体的参加を促し、モチベーションを高めます。
- 信頼と安心の防波堤: 不確かな情報や憶測が広がるのを防ぎ、透明性の高い情報共有を通じて、組織全体の信頼関係を強固にすること。
- 進化を促すフィードバックループ: 従業員からの率直なフィードバックを積極的に収集し、プロジェクトの潜在的な課題を早期に発見し、改善サイクルを回すこと。
コミュニケーションは、一方的なアナウンスではなく、双方向のインタラクションを通じて、共感と納得を生み出し、変革への自律的なコミットメントと持続的な推進力を育むダイナミックなプロセスなのです。変革で最も重要なのは、相手に響く情報デザインです。
プロジェクトライフサイクルにおけるコミュニケーション
DX推進の各フェーズにおいて、コミュニケーションの焦点と手法は変化します。

- 認知 (Awareness): 始動期には「何が始まるか」概要を告知し、関心を喚起。目的、期間、目指す未来を簡潔に伝え、組織の注意を引きます。
- 理解 (Understanding): 「なぜ必要か」背景理由を繰り返し多角的に説明。具体的影響範囲を示し、質疑応答で疑問・不安を解消し、深い理解を促します。
- 学習 (Learning): 必要性共有後。「どう進めるか」方法論を多様な学習機会で提供。研修、WS、eラーニングでスキル・知識を浸透させます。
- 実践 (Adoption): 導入初期。現場の課題・疑問に迅速対応するサポート体制と情報共有が不可欠。FAQ、ヘルプデスク、成功事例共有でスムーズな移行・定着を支援。
- 推進 (Buy-in & Ownership): 浸透期。早期実践者(アーリーアダプター)を巻き込み、変革推進者として育成・活用。リアルな情報発信や成功体験共有で共感を呼び、コミットメントを強化します。
このように、DX推進の各段階において、コミュニケーションの目的と内容を戦略的に最適化することが、ステークホルダーのエンゲージメントを深め、変革を成功へと導くための基盤となるのです。
コミュニケーションの原則
効果的なコミュニケーションを実践するためには、以下の原則を念頭に置く必要があります。
- リーダーから始める: 変革のメッセージは、まずリーダーシップチームから発信され、一貫性があり、明確で、信頼性のあるものである必要があります。この一貫性とは、言葉だけでなく、リーダー自身の行動がメッセージと一致していること(言動一致)を意味します。 リーダーが変革の必要性を深く理解し、自らの言葉で語り、率先して新しい行動を示すことで、メッセージはより強力に組織全体に浸透します。
重要:リーダーは、変革の目的だけでなく、各部門への具体的な影響や期待される役割を明確に伝える必要があります。また、危機感を煽るばかりのコミュニケーションは、一時的な行動変容は促すかもしれませんが、長期的なエンゲージメントには繋がりません。
- 適切なメッセージ、タイミング、対象者、メッセンジャー: 誰に、何を、いつ、誰から伝えるかを戦略的に検討します。特に、直属のマネージャーからの情報は、従業員にとって最も直接的で影響力が大きいため、管理職層への適切な情報提供と、共感を呼ぶコミュニケーションスキルの向上は、変革を成功させるための重要な投資となります。
- 全体像を示す: 個々の変革の取り組みが、企業の戦略目標とどう繋がるかを明確に示すことで、従業員は自身の貢献意義を理解し、達成感とモチベーションを高められます。抽象的なビジョンだけでなく、魅力的な未来像を示すことで、共感を育み、積極的な参加を促します。
- 繰り返し、多様なチャネルで伝える: 一度伝えただけでは、メッセージは十分に浸透しません。会議、メール、社内ポータル、SNS、動画など、多様なコミュニケーションチャネルを組み合わせ、重要なメッセージを繰り返し伝えることで、理解と記憶の定着を図ります。
コミュニケーション計画の策定と運用
DX推進を力強く成功に導くためには、戦略的かつ共感を呼ぶコミュニケーション計画が不可欠です。以下に、組織全体に共鳴を呼び、変革を推進するための主要な5つのステップをご紹介します。

ステップa: 対象者とそのニーズを明確(エンパシーマップの活用)
変革の各段階において、「誰に」「何を」伝える必要があるのかを深く掘り下げて明確にします。対象従業員の役職、所属部門だけでなく、彼らが何を考え、何を感じ、何を言い、何をするのかを具体的に理解するために、「エンパシーマップ」などのツールを活用するのもよいでしょう。対象者の理解を深めることで、どのような情報が心に響き、どのような伝え方であれば行動変容を促せるのかを深く検討します
ステップb:キーメッセージとストーリーの作成
伝えるべき核心となるメッセージ(キーメッセージ)と、変革の背景にある課題、現状の分析、そして目指す未来への希望を繋ぐ物語(ストーリー)を構築します。プロジェクトの目的、具体的な目標、そして各対象者にとっての直接的なメリット(What’s In It For Me)を明確にし、理性だけでなく感情にも響く言葉とイメージで表現します。成功事例などを具体的に語ることで、変革への期待感を醸成します。
ステップc:最適なタッチポイント(チャンネル)の選択
特定の対象者とその深いニーズに合わせて、最も効果的なコミュニケーションツールとチャネルを慎重に選択し、統合的なタッチポイントを設計します。一方的な情報発信だけでなく、双方向の対話を促すインタラクティブなプラットフォーム、共感を醸成する社内イベント、個別の懸念に対応するメンター制度など、多様なコミュニケーション手段を組み合わせることで、より多角的でパーソナライズされた情報提供とエンゲージメントを実現します。
ステップd:コミュニケーション計画を作成
ステップ1~3で明確にした要素を基に、具体的なコミュニケーション計画を策定します。「いつ」「誰が」「何を」「どのように」伝えるのか、具体的なスケジュール、担当者、使用するチャネル、期待される効果などを明記します。これにより、計画的かつ一貫性のあるコミュニケーションを実行できます。

そして、活動ごとに進捗を記録し、トラッキングします。

ステップe:コミュニケーションの実施と効果測定
策定したコミュニケーション計画に基づき、具体的なアクションを実行し、その進捗と効果を綿密にモニタリングします。その後、アンケート、フィードバック収集、参加率、理解度テストなどの指標を用いて、コミュニケーションの浸透度や対象者の反応を測定します。測定結果を分析し、計画の改善点を見つけ、必要に応じて柔軟に修正していくことが重要です。
実践ノート: 近年、社員は情報過多の傾向があります。その背景には、
- 対象者を十分に特定しないまま情報発信が行われることで、多くの従業員にとって無関係な情報が届けられている
- プロジェクトごとに新たなコミュニケーションチャネル(ニュースレターなど)が立ち上げられ、情報が分散し、従業員がどの情報をいつ確認すべきか混乱している
といった要因が考えられます。重要な情報ほど、従業員が日常的に利用している既存のチャネル(チーム会議、社内SNSのグループなど)を通じて伝達する方が、効果的な場合があります。
(このテーマにご興味のある方は、ハーバードビジネスレビューの記事をご参照ください)
このように、各ステップを丁寧に実行することで、より実践的で効果的なコミュニケーション計画の策定と運用が可能になります。
効果的なコミュニケーションとは「伝わる」こと
最も大きな落とし穴として、コミュニケーションとは一方的な行為と思われることが多い、つまりメッセージを伝えたらそれで伝わったと勘違いしがちです。

松永光弘氏が著書「伝え方――伝えたいことを、伝えてはいけない」で解説したとおり、コミュニケーションには2つのステップがあります。発信者がメッセージを伝えてから、対象者が関わって初めて、情報は「伝わる」のです。皆さんも集団会議の途中で他のパソコン作業をしてしまう経験はあるのではないでしょうか。対象者にとって意味のあるメッセージでないと、関わってもらえないため、「伝わる」ことにはなりません。
変革におけるコミュニケーションの核心は、一方的に「伝えたいこと」を主張するのではなく、相手の立場を深く理解し、彼らにとって「意味のある」情報を提供することで、共感を育み、共に変革の道を歩むための行動を促すことなのです。
まとめ
DX推進は、最新テクノロジーの導入だけでは決して成功しません。「人と組織の変革」という土台があってこそ、その真価を最大限に発揮します。そして、その変革を支える最も重要な要素の一つが、相手の心に深く届き、行動を促すコミュニケーションです。
「伝えたいことを、伝えてはいけない」という言葉を深く胸に刻み、一方的な情報発信ではなく、相手のニーズに寄り添ったコミュニケーションこそが、変革を真の成功へと導く鍵となることを忘れないでください。
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次回の記事では、ステップ6「リスキリング」を解説します。ご期待ください!皆さんの変革への挑戦を、心より応援しています。
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