前回のおさらい:変革の成否は「ネットワーク」が握る
前編では、組織変革の成否を握る鍵が、公式の組織図には描かれない「チェンジエージェント・ネットワーク(CAN)」にあることを解説し、その立ち上げと運営に必要な3つの実践ステップをご紹介しました。CANは、トップダウンの命令系統では動かせない「現場」を動かすための横の連携通路であり、特に複雑で横断的な変革には不可欠です。
しかし、これらのステップを効果的に実行するためには、「誰をエージェントにするのか」、そして「どう動機付け、関与させるのか」という、さらに踏み込んだ戦略的視点が必要です。
成功を決定づける三つの戦略
真の変革推進者は見えていない:あなたの組織に潜む「隠れたインフルエンサー」
組織内で真の影響力を持つ人物は誰かと問われたとき、多くの経営層は自社の組織図を思い浮かべるかもしれません。しかし、その思い込みは「ほとんど常に間違っている」ことが明らかになっています。変革の成否を左右する真のインフルエンサーは、公式の役職や権限とは無関係な場所に存在することが多いのです。
ある大手小売企業で行われた調査では、店長たちが自店のインフルエンサーだと考えていた人物リストと、実際のインフルエンサーのリストを比較したところ、衝撃的な事実が判明しました。店長たちは、自店のインフルエンサーの実に3分の2近くを見落としていたのです。
では、これらの組織に潜む「隠れたインフルエンサー」をどうすれば見つけ出せるのでしょうか?その手法は驚くほど実践的です。「スノーボール・サンプリング」が有効です。従業員に「本当に困ったとき、誰の助言を求めますか?」あるいは「誰のアドバイスを信頼し、尊敬していますか?」と匿名で尋ねてみてください。数回繰り返すだけで、公式の役職とは無関係な、真に信頼される人物のネットワークが自然と浮かび上がってきます。
この事実は、変革を成功させるためには、組織図上の権力者に働きかけるだけでは不十分であり、従業員が日常的に信頼を寄せている人物を特定し、彼らを味方につけることが不可欠であると示しています。しかし、これらの影響力のある人物を見つけ出すことは、戦いの半分に過ぎません。彼らの力を真に引き出す鍵は、彼らをどう変革に巻き込むかにかかっています。
変革を「展開」するな、「共創」せよ:チェンジエージェントを代弁者にしてはいけない
隠れたインフルエンサーを特定できたとして、次に多くの企業が犯しがちな過ちがあります。それは、彼らを経営層のメッセージを現場に「展開」するための単なる伝達役、つまり代弁者として利用してしまうことです。このアプローチは、変革を推進するどころか、むしろ頓挫させる危険性をはらんでいます。
なぜなら、「彼らが経営陣の言いなりになっているように見えると、彼らの非公式な権威は失われていく」からです。彼らの影響力の源泉は、同僚からの信頼であり、その信頼は彼らが経営層から独立しているという認識に基づいています。
最も効果的なアプローチは、変革プロセスのごく初期の段階から、彼らを単なるメッセンジャーとしてではなく、「プログラムの積極的な設計者」として巻き込むことです。彼らを「共創パートナー」として扱い、計画や方向性について彼らの意見や指導を求めるのです。
このアプローチにより、チェンジエージェントは経営からの指示を伝える「代弁者」から、現場の知見や懸念を戦略に反映させる「思考のパートナー」へと昇華します。その結果、変革への当事者意識(オーナーシップ)が生まれ、現場からの信頼性も格段に高まり、変革はより力強く、持続可能なものとなるのです。
真の報酬はカネではない:変革を担うトップタレントの動機付け
効果的なチェンジエージェント・プログラムを構築する際、真のコスト、そして最大の投資は、金銭ではありません。それは、組織内で最も優秀な人材を現場から引き抜くという「犠牲」です。現場の管理職が、自部署で最もパフォーマンスの高い人材をチェンジエージェントとして手放すことに抵抗を感じるのは当然のことです。しかし、この「犠牲」なくして、変革の成功はおぼつきません。
では、優秀な人材を惹きつけ、維持できる「真の報酬」とは? 一時的な金銭的報酬は、実は最善の策ではありません。
- 危険性: 金銭的な報酬は、「チェンジエージェントと現場との間に溝を生むエリート意識を生み出す可能性」があり、彼らが現場から孤立し、影響力を失う原因となり得ます。
- 強力な動機付け: それよりもはるかに強力なのが、「加速的なキャリアパスの約束」です。チェンジエージェントとしての経験が、将来的にシニアな役職への道を開くという明確なビジョンを示すことが重要なのです。
結論として、チェンジエージェント・プログラムの成功は、単なるプロジェクト管理の問題ではなく、組織の未来を担う人材をどう育成し、活用するかという戦略的な人材マネジメントの問題なのです。
事例:Microsoftの英国公共セクター変革を支える「CANプログラム」
これらの戦略がどのように実践されているかを見るために、デジタル変革(DX)の現場における具体的な事例をご紹介します。
背景:公共部門の構造的課題 デジタル技術の進展に伴い、行政や医療の現場では「デジタル公共サービス」が不可欠になっています。しかし、英国の公共部門では、2022年時点でデジタル職に就いていた人はわずか4%と、適切なスキルを持った人材が足りていないという構造的な課題があります。
Microsoftは、英国の地方および地域自治体(LRG)のDXを支援するため、無料の国家的なイニシアチブとして「Change Agent プログラム」を展開しています。
- プログラムの目的と役割
- 目的: すべての公共サービスにおいて、少なくとも1人を変革の触媒(catalyst for change)として訓練すること。
- 役割: 組織内から採用されたエージェントは、スムーズなデジタルトランスフォーメーションのために、組織と個人の関係を管理するのを助けます。彼らは、技術的側面と文化的側面の両方から変革の橋渡し役として機能します。
- プログラムの構成と内容:スキルと文化の両輪
このプログラムは、参加者が自身の組織内で変化を受け入れ、主導するための自信、理論、実践例を提供することを目的としています。プログラムの内容として、研修とネットワークのサポートの両方を含めています。
研修
研修プログラムには、主に2つのバージョンが提供されています。
- チェンジエージェント向け(5日間): LRG組織内のチェンジエージェントを対象としています。このオプションのうち1日は、参加者に変化を可能にするスキルを提供することに専念しています。
- 管理者向け(2日間): マネージャーを対象としたバージョンで、チームの変革を支援する方法や、技術に特化したセッションが提供されます。
研修内容:
| カテゴリ | 具体的な学習内容 |
| 変革の原則とソフトスキル | 共感(empathy)人間心理の理解など、変化を可能にするための「ソフトスキル」の訓練に重点が置かれます。 |
| 技術と活用法 | AIやPower Automateなどの変革技術に関するトレーニング。また、Microsoft TeamsやSharePointなど、既存ツールの活用方法に関する洞察も含まれます。 |
| 実践的な学習 | 他の公共部門組織がこれらの技術を変革の触媒としてどのように活用したかの実世界での事例が紹介され、デジタル分科会で議論や共同作業を行う機会も設けられています。 |
このプログラムは、単に技術を入れ替えるだけでなく、人・組織・文化を伴った変化マネジメントが不可欠であるという指摘を体現しています。
ネットワークが創り出す「集合知の力」
トレーニングセッションを修了したチェンジエージェントは、「チェンジエージェント卒業生実務者の協働ネットワーク」に参加するよう招待されます。
このコミュニティは、英国の公共部門チェンジエージェントによるオンラインコミュニティであり、アイデアやソリューションを迅速に交換するためのプラットフォームを提供します。公共部門の組織は提供するサービスが完全に異なっても、共通の課題を共有していることが多いため、このネットワークは、横断的なベストプラクティス共有や支援ネットワークとして、参加者の継続的な能力開発や、連帯感の形成、動機付けに非常に重要なものとなっています。
まとめ:あなたの組織を変革する次のステップ
2回にわたる記事で、「チェンジエージェント・ネットワーク」が変革を成功に導くための理論、実践ステップ、そして戦略的な人材活用法を解説しました。
変革は、トップダウンの指示や戦略書だけで進むものではありません。成功の鍵は、現場に潜む「隠れたインフルエンサー」を見つけ出し、彼らを「共創パートナー」として育成し、「キャリアパス」という真の報酬で動機付けることにあります。
あなたの組織では、組織図に頼らず、真の信頼ネットワークを可視化できていますか?
この戦略的な視点を取り入れ、現場の力を解放することで、あなたの組織の変革は、より深く、力強く、持続可能なものになるでしょう。ぜひ今日から、あなたの組織に潜む「隠れたインフルエンサー」を探し始めてみてください。
参考資料:
UNSSC のケーススタディ(Change Agent Networks in the UN System, Nov 2020)
厚生労働省の業務・組織改革のための緊急提言2023/04/18 Digital public services: How to drive transformation with change agents
