【日立に学べ】DXを「運」にしない!100年企業が実践するデジタル人材育成の”超”戦略的ロードマップ

トレンドと事例

前回、DXプラチナ企業に選ばれた中外製薬の取り組みをご紹介しましたが、今回は同じく「DXプラチナ企業(2024-2026)」に選出された日立製作所のデジタル人材戦略に焦点を当てます。

日立は、伝統的な製造業からデジタル企業へと劇的な変革を遂げ、特に2016年以降、中核事業であるLumadaを推進することで、事業の成長とともに株価もこの数年上がり続けています。まさにビジネスモデルの変革を含めたデジタル変革の成功事例としてお手本のような会社です。

本記事は、自社のDX推進を加速させたいと考えるDX推進者、人事責任者、経営企画担当者に向けて、日立グループがどのようにしてデジタル人材を”計画的に”生み出し、組織全体を動かしているのか、その構造と成功の秘密を徹底解説します。

1. 経営戦略と完全に同期した「人財戦略」の構造

日立の人財戦略は、経営戦略の重要な一部として策定・実行されており、2010年以降の「製品・システム事業」「国内中心」から「社会イノベーション事業」「グローバル展開」への経営転換に連動しています。特にLumada事業の拡大を加速させるために、デジタル人財の確保・育成が必須とされています。

ジョブ型人財マネジメント

この変革の根幹にあるのが、日本的雇用の慣習であったメンバーシップ型から、グローバル標準のジョブ型人財マネジメントへの移行です。

ジョブ型への移行は、従業員に**「自分のキャリアは自分で作る」**という自律的な行動を求めます。企業が明示した職務(ジョブ)に対して、社員一人ひとりが自らに必要なスキルを継続的に習得し、アップデートし続けることが前提となります。

日立のDX人財育成は、この「自律的な学び」を促し、組織全体に定着させるためのインフラ投資であり、文化醸成の仕組みなのです。

2. デジタル人財の目標と定義

日立のDX人財戦略のすごいところは、その目標を定量的な数値に落とし込んでいる点です。

経営目標に直結する定量目標

Lumada事業による更なる成長をめざし、2024中期経営計画において、日立はデジタル人財数を2021年度末の6.7万人から2024年度までに9.8万人に強化する計画を掲げています。

この目標の背景には、「Lumada事業の売上収益 = デジタル人材の人数 × デジタル人材一人当たりの収益」という明確な収益モデルがあります。つまり、人材数だけでなく、「デジタル人材一人当たりの収益」をいかに最大化するか、すなわちデジタルが各事業にどれだけ深く浸透するかが重要になります。

さらに、生成AIの急速な発展を受け、最新の計画では生成AIプロフェッショナル5万人を目指すという、生成AIサービスの提供など最先端の技術に対応した野心的な目標も設定されています。

求められる能力とレベルの体系化

DX時代に求められるデジタル人財は、従来のSE(システムエンジニア)のスキルを保持しつつ、先端的なデジタル技術を見極め、ビジネスや組織を変革して事業化できる人財です。 日立では、デジタル事業を実現するために必要な人財のケイパビリティ(能力)を明確化しており、例えば以下のような役割を特定しています:

  • デザインシンカー: 顧客協創を加速し、本質的な課題の発見、解決策の策定、合意形成などを牽引。
  • データサイエンティスト: 人工知能や数理統計などを駆使し、データを利活用。
  • ドメインエキスパート: OT/業務知識を持ち、現場へのソリューション適用を推進・支援。
  • エンジニア/セキュリティスペシャリスト: デジタル技術を活用したシステムを設計・実装・運用。

日立が定めるデジタルスキルは全部で12種類あり、デジタル人財には等級が設けられています。上からプレミアム、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズの5段階があり、海外顧客を相手にできる場合はプレミアムになるなど、習熟度と経験に応じてランクが上がります。

3. 人材獲得の二つの柱:M&Aと育成強化

デジタル人材の強化は、M&Aおよび外部採用育成(社内人財の育成)の二つの柱で強力に進められています。

グローバルなM&Aと採用戦略

日立は、GlobalLogicを中心とするグローバルでのM&Aとその後の採用・育成スキーム活用により、デジタル人材強化を加速させました。

特にIT人材が多い国(インド、ウクライナ等)で経験者を中心に大量採用を実施し、採用地域を欧州などにも拡大。若手層の積極採用と短期集中型研修を組み合わせることで、即戦力化を図っています。

国内における育成強化とCoEの役割

国内においては、日立アカデミーが人財育成のCoE(Center of Excellence)として中心的な役割を担っています。2019年に3社の研修機関が合併して設立された日立アカデミーは、IT人材育成、ものづくり強化、ビジネス/経営者育成を一手に引き受け、デジタル関連コースを約130コース提供しています。

国内のエンジニア育成では、日立アカデミーでの教育に加え、GlobalLogicのエンジニアとの相互派遣を通じたOJT実践にも力を入れています

4. 人材の内部育成(リスキリングとキャリア開発)

日立のDX人材育成は、知識習得から実践・経験に至るまで、「リテラシー」「ベーシック」「アドバンス」「プロフェッショナル」の明確なレベル設定に基づき実行されます。

  1. デジタルリテラシー研修: 国内グループの全従業員(約16万人)を対象としたeラーニングを展開。現場とIT部門・専門家が会話できる共通理解・知識(共通ボキャブラリ)の習得が目的です。
  2. アドバンスト・ベーシックレベルの育成: 日立アカデミーでの座学や演習に加え、実務レベルの人材を至急必要とする課題に対応するため、「垂直立ち上げ研修」(短期間集中型データサイエンティスト育成実践講座など)を開発。短期間で必要なスキルを習得させ、実業務へアサインします。
  3. プロフェッショナルレベルの育成: プロフェッショナルの指導のもと、人財ローテーションによる日立内外のデジタル案件でのOJT実践を通じて育成されます。

出所:2022年経営戦略連動した人材戦略の実行

自律的な学びとリスキリングの促進

ジョブ型人財マネジメントへの転換に伴い、従業員には自らのキャリアに責任を持ち、常に学び続けることが求められます。この文化を技術的に支えるのが、2022年10月から導入された学習体験プラットフォーム(LXPです。

LXP(学習体験プラットフォーム)の導入

  • パーソナライズ: AIが個々人の学習ニーズを分析し、最適なコンテンツを推奨。
  • マイクロラーニング: モバイルアプリを活用し、3分程度の動画コンテンツなども含め、隙間時間での学習を可能にし、学習のハードルを下げます。
  • 自律性の促進: LXPは、日々の学習行動を記録・可視化することで、従業員同士の学び合いを促進し、リスキリング(新たな職務スキル)やアップスキリング(現職務スキル強化)を支援します。

6. プロフェッショナル・コミュニティ活動

形式的な研修で得た知識を実務に接続するため、プロフェッショナル・コミュニティ活動が推進されています。異分野の専門家との協創や相互学習を促すことで、DXに必要な協創力を身につけ、組織能力の向上につなげています。例えば、データサイエンティストのコミュニティでは「育成視点」「実務者視点」「ナレッジ・ノウハウ共有」の3つのサブ・コミュニティが存在します。

まとめ:DXを戦略的に成功させるために

日立グループのDX人財戦略は、単発的な施策ではなく、「経営戦略」「人事制度(ジョブ型)」「育成体系」「技術インフラ(LXP)」が高度に連携した、まさにエコシステムとして機能しています。

あなたの会社が日立の戦略から学ぶべき核心は、以下の3点に集約されます。

  1. 人財戦略を経営戦略の「エンジン」に位置づけること。:人事部門を管理部門ではなく、事業成長を能動的に牽引する戦略組織として再定義し、育成目標を定量的な事業成果と同期させましょう。
  2. 自律的学習の「インフラ」を整備すること。:LXPのようなプラットフォームを導入し、「会社に言われて学ぶ」から「自らキャリアのために学ぶ」文化へと変革を促しましょう。
  3. 既存資産を活かし、変革の抵抗を管理すること。:従来の評価制度との連続性を担保しつつ、全従業員に共通ボキャブラリを浸透させることで、リスキリングの心理的ハードルを下げ、組織的な抵抗を最小限に抑えましょう。

DXを「運」や「個人の努力」に頼るのではなく、日立のように計画的かつ体系的に、全社を巻き込む仕組みとして設計すること。これこそが、100年企業が示すDX成功への確かなロードマップです。

参考資料:

  1. https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2408/05/news007.html
  2. https://www.hitachi.com/content/dam/hitachi/global/ja_jp/ir/media/library/integrated/2025/ar2025j_14.pdf
  3. 2022年経営戦略連動した人材戦略の実行
  4. 2022年 日立、米IT横目に3万人獲得 成長の鍵「1人700万円増
  5. https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2025/03/0326.html
  6. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC04DSY0U4A600C2000000/
  7. https://www.ipsj.or.jp/dp/contents/publication/41/S1101-T04.html
プロフィール
Hiro

著者: Hiro | DX現場ラボ 運営者
DX推進の現場で奮闘するチェンジマネジメントのプロフェッショナル。
元コンサルタントとして、大手企業の組織変革や大規模システム導入を数々成功させてきた経験を持つ。DXの知見をお届けします。

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