プロジェクトが順調に進んでいたように見えても、終盤になって初めて隠れた影響力者から重要な懸念が出され、計画の見直しや致命的な遅延が生じることは珍しくありません。これは偶然の「事故」ではなく、初期段階で組織内の政治的勢力図の把握が不十分だったことによる“構造的なリスク”です。
全社的なデジタルトランスフォーメーション(DX)や大規模な組織再編といった変革プロジェクトの成否は、技術的な課題以上に、高い人的・政治的な実行リスクを伴います。そのため、組織内の主要なインフルエンサー(=ステークホルダー)の特定と戦略的管理・巻き込みが、プロジェクトの成功を決定づけます。
💡この人的・政治的リスクを乗り越え、特に「トップは動いているのに現場がついてこない」という課題を解決するための具体的な「巻き込み」の実践法については、こちらの記事も併せてご参照ください。
そこで重要な役割を果たすのが、戦略的な分析フレームワークであるプロジェクト・パワーマップ(ステークホルダーのパワー/関心度グリッド)です。これは、組織内の政治的勢力図を可視化し、以下の二つの目標を達成するための戦略的な定量化フレームワークとして機能します。
- リスク軽減(防御): 高パワーの反対勢力(政治的な不確実性)を特定し、測定可能な実行リスクへと変換することで、プロアクティブな防御戦略を可能にします。
- サポート最大化(攻撃): 潜在的な擁護者を見極め、リソース(コミュニケーション、時間、政治的資本)を集中投下することで、変革に必要なコンセンサスと勢いを組織内部から能動的に獲得し、最大化することを保証します。
基本フレームワーク:パワーと関心度の深掘り
パワーマップは、ステークホルダーを「影響力(パワー)」と「関心度」の2軸で分析する、シンプルかつ強力なフレームワークです。
パワー/影響力(Y軸):変革における影響力のベクトル
影響力は、正式な権限だけでなく、非公式なネットワークや技術的な専門性を通じた影響力も包含します。
- 意思決定権限: スコープ変更の承認、免除の付与、プロジェクト運営委員会への参加能力。
- リソース管理: 財政予算、主要な人員配置、インフラストラクチャへのアクセス制御。
- 非公式な影響力(政治的・技術的レバレッジ): 正式な権限はないが、組織的な記憶や技術的な専門性で、導入を微妙に促進したり、受動的な抵抗を通じてロールアウトを妨げたりする能力(例:技術的なゲートキーパー)。
関心度/利害関心(X軸):影響、期待、および利害のニュアンス
関心度とは、プロジェクトの結果がその役割や部門目標にどれだけ大きく影響するかを測定する軸です。高い関心度は、日常業務や主要業績評価指標(KPI)が変革によって直接影響を受ける人々に多く見られます。
ただし、関心度を正確に把握するためには、そのニュアンスを理解するための深掘りが不可欠です。関心は、新しいキャリア機会への期待、潜在的な雇用喪失への不安、システム統合への懸念など、多岐にわたる主観的な要素から構成されます。これらの期待と懸念のデータを、構造化されたインタビューやワークショップを通じて積極的に収集することが求められます。
4つの象限と管理アプローチ

この2軸で分類されたステークホルダーは、それぞれに異なる管理アプローチが必要な4つの象限に配置されます。
| 象限 | パワー | 関心度 | 主要戦略 | 変革における実用的な焦点 |
| 密接に管理 | 高 | 高 | 完全に巻き込み、協力する | コンセンサス形成、リソース配分決定、主体性(オーナーシップ)確保 |
| 満足を維持 | 高 | 低 | サポートを維持し、リスクを軽減する | ROIと戦略的リスクに焦点を当てた簡潔な報告、不必要な詳細を最小限に抑える |
| 情報提供を維持 | 低 | 高 | 視認性を確保し、サポートを活用する | 定期的なブリーフィング、詳細なトレーニング、**現場の導入(Adoption)**を重視 |
| 動向把握 | 低 | 低 | 最小限の労力、ステータスを確認する | 受動的な関与、影響力/関心の変化を定期的にチェックする |
💡特に「低影響力・高関心度」の象限(現場担当者)を、単なる情報提供で終わらせず、能動的な推進力に変えていく実践的な手法(例:チェンジエージェント・ネットワークの活用)については、過去記事をご参照ください。
実践的手法:客観的なパワーマップの作成プロセス
効果的なパワーマップの作成には、主観性を排し、実用的な有用性を最大化するように設計された、構造化された多段階の方法論が必要です。
ステップ1. 徹底的な「諜報活動」:ステークホルダーの特定
ステークホルダーの特定は、単なる「作業」ではなく、プロジェクトの成功に不可欠な「隠れた影響力」や「潜在的なリスク」を、能動的、体系的、かつ戦略的に見つけ出すための「諜報活動」です。受け身でリストを埋めるのではなく、過去の類似事例、発案者へのヒアリング、広範な組織的対話を通じて、藪の中に隠れている利害関係者を能動的にあぶり出す必要があります。
例えば、M&Aにおけるシステム統合のプロジェクトの場合、リストには、両レガシー企業のリーダーシップ、重要な統合システムの所有者、外部の規制機関、および第三者ベンダーなども明示的に含める必要があります
ステップ2. 定量的評価とスコアリング(バイアスの軽減)
個人的なバイアスや一貫性のない定性的な判断を避けるため、標準化された1〜5のスコアリング・ルーブリックを採用します。
| スコア | パワー/影響力(Y軸) | 関心度/利害関心(X軸) |
| 5(非常に高) | 直接的な拒否権を持つ。主要リソース(50%以上)を制御。 | 結果が雇用保障または主要なKPIを左右する。 |
| 4(高) | 主要な意思決定者。重要なリソース配分者(20%〜50%)。 | 結果が日常業務または部門目標に大きく影響する。 |
| 3(中) | 助言的役割。小規模なリソースを間接的に管理。 | 結果が作業プロセスに影響を与える。 |
| 2(低) | 要請があった場合にのみインプットを提供。 | プロジェクトの一般的な認識。大きな懸念なし。 |
| 1(非常に低) | 最小限の認識のみが必要。影響を与える能力なし。 | 役割に直接的な影響なし。 |
この実践により、パワーマップは主観的な診断アーティファクトからデータ駆動型のガバナンスツールへと変貌します。
ステップ3. 感情(態度)を第3の次元として統合
従来の2×2グリッドの限界は、ステークホルダーの感情(態度)を捉えられないことです。支持的な「キープレイヤー」と抵抗的な「キープレイヤー」を区別できなければ、適切な戦略は立てられません。
このマッピングの欠陥を克服するために、カラーコーディング(例:抵抗的(赤)、支持的(緑)、中立(黄))などの視覚的な上乗せを使用して感情を追加します。
- 抵抗的(赤): 高パワー、高関心度のステークホルダーには、集中的な政治的交渉と即時のリスク軽減が必要です。
- 支持的(緑): ステークホルダーは、アクティブな擁護者として活用されます。
この第3の次元の統合は、チェンジ・マネジメントのリソース配分を戦略的に最適化し、変革を推進するための優位な環境確立を可能にします。
ステップ4:プロットと戦略の定義
ステークホルダーは、プロジェクトチームが望む場所ではなく、彼らのパワーが現在どこにあるかに基づいて正確に配置されなければなりません。
パワーマップで決定された戦略的エンゲージメントレベルを、RASCI(Responsible, Accountable, Support, Consult, Inform)フレームワークを用いて、各ステークホルダーグループの具体的な、タスクレベル(ミクロ)の関与の定義において参考にすることも可能です。
| パワーマップの戦略(マクロ) | RASCIへの変換(ミクロ) |
| 密接に管理(高パワー・高関心度) | A (最終責任者) や重要なR (実行責任者) に配置され、共同作成と決定に参加させる。 |
| 情報提供を維持(低パワー・高関心度) | 主にC (相談) やI (報告) に配置され、現場の意見を取り込み、透明性を確保する。 |
| 満足を維持(高パワー・低関心度) | 重要な意思決定タスクではAに配置されるが、日々の作業ではI (報告) に留め、負担をかけないようにする。 |
動的なガバナンスと実践戦略
プロジェクトの進化、スタッフの異動、新しい組織的優先事項の出現により、ステークホルダーの関係は絶えず変化します。パワーマップは、プロジェクトの航路を示すライブダッシュボードとして、継続的な追跡が必要です。
パワーマップの作成・維持において成功するには、以下の戦略を検討する必要があります。
分析単位の戦略的使い分け:個人レベル vs. グループ
リソース配分とエンゲージメントの効率性を高めるためには、分析単位を戦略的に使い分けることが重要です。
| 分析単位 | 適用ケース | 目的とする戦略 |
| 個人レベル | 高パワー層(CEO、スポンサー、部門長)や非公式な影響力を持つキーパーソン。個人の態度がプロジェクトの成否を左右する場合。 | 期待管理、政治的交渉、抵抗の無力化。密接な、テーラードなコミュニケーション。 |
| グループレベル | 低パワー/高関心度層(最前線のユーザー、部門リーダー)や、多数を占めるエンドユーザー層。集合的な士気や導入(Adoption)率が重要である場合。 | 集団的な変革の導入・定着の確保、全般的な情報提供、集合的なフィードバックの収集。効率的なチェンジ・マネジメントの実施。 |
初期はマクロレベル(グループ単位)で全体像を把握し、その後、高パワーの象限に位置づけられたグループの中から、ミクロレベル(個人単位)のキーパーソンを特定し、彼らの感情や懸念を深掘りすることが不可欠です。
補完的フレームワークとの統合
パワーマップを戦略的な勢力図として描いた後、以下のフレームワークが詳細な実行計画のために利用されます。
- RASCI(責任分担表): 定義された戦略的なエンゲージメントレベルを、コア成果物に関する各ステークホルダーグループの特定の、タスクレベルの責任に変換するために利用されます。
- セイリエンス・モデルによる「黒幕」分析
より詳細な人物調査では、セイリエンス・モデルが強力なツールがあります。セイリエンス・モデルは、ステークホルダーを「目立つ(salient)」存在、つまりプロジェクトにとってどれほど重要で、対応を優先すべきかを評価するためのフレームワークです。
ステークホルダーを以下の3つの属性で評価し、特に警戒すべき類型を特定します。
- 権力 (Power): プロジェクトに影響を与える力(予算、人事権など)
- 正当性 (Legitimacy): 関与する権利や資格(法的、道徳的権利など)
- 緊急性 (Urgency): 即座の注意を要する度合い(時間的制約など)
この3つの属性の組み合わせによって、ステークホルダーの類型(タイプ)が特定されます。例えば:
- 「絶対なる王」(Definitive):3つの属性(権力、正当性、緊急性)をすべて持つ、最優先で対応すべき人物です。
- 「眠れる獅子」(Dominant):権力と正当性を持つが、緊急性(関心)が低い人物です。彼らを刺激して緊急性を高めさせないように、「満足を維持」する戦略が重要になります。
結論:動的なステークホルダー管理を組織のDNAに
プロジェクト・パワーマップは、政治的リスクを定量化し、リソースがサポートを最大化し、重大なリスクを軽減できる場所に正確に割り当てられることを保証する、定量的で実用的なフレームワークです。
効果的なステークホルダー・ガバナンスは、客観的なスコアリング、感情(態度)の統合、そして個人とグループの分析単位を戦略的に使い分ける動的な追跡管理へのコミットメントを必要とします。
この反復的で動的なステークホルダー管理を組織の変革リーダーシップのDNAに組み込むことこそが、変革リーダーに必要な予測能力を提供し、政治的状況を首尾よく乗り切り、持続的な価値実現のための整合性を確保する鍵となります。
最後に、一つだけ問いかけさせてください。
「あなたのプロジェクトを推進するために、今、最も主体性(オーナーシップ)を持って関与させるべきキーパーソンは、一体誰でしょうか?」

